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フォリオ豆知識

ホームページをご覧になれば分かると思いますが、シェイクスピアの初版本は 1623年に出版されています。1623年と言うと日本では、戦国時代が終わり、 徳川家康が死に、二代将軍秀忠の時代です。

本文をご覧になった方は、きっと「あれ、結構読めるな」と思われたと 思います。一般の方はおそらく1623年に書かれた日本の書物は読めないでし ょう。でも、現代の日本人の英語の知識でシェイクスピアの初版本はかなり 読めてしまうのです。

とは言え、三百数十年たっているわけですから、英語も変わってきています。 なかなか初版本の原文でシェイクスピアを読むのは大変ですが、そういう方 でも現代の英語との違いなどを見てみるのも面白いのではないでしょうか?

以下に当時の本や英語についての豆知識(Tips)をいくつか挙げてみます。 これらを読んでシェイクスピアへの興味が増せば幸いです。





なぜfolioって言うの?

フォリオとは日本語では「二折り判」の意味です。 つまり全紙を2つに折って作るページからできている本だからです。 シェイクスピア・フォリオの場合、 写真のように全紙3枚を束にして二つに折った合計12ページを帖 (gathering)と呼ばれる単位とするのが原則で、 その帖を帖記号順に集めて製本し1冊ができあがるというわけです。









signatureって何?

これは別にサインのことではありません。 各帖につけられた名前、すなわち、帖記号のことで、文字や記号が用いられ、 各帖の決まったページの下マージンに印刷されているもののことです。

Aという帖を例にとると1,3,5ページに、それぞれ ‘A’, ‘A2’, ‘A3’ と印刷されています(ファーストフォリオの画像番号19, 21, 23)。

ファースト・フォリオを例にとると、 本文はまずJ, U,  Wをのぞくアルファベットの大文字が使われ、一巡すると、 Aa、Bb (2A, 2Bとも書く), 次には a, b, のように小文字が、 さらには aa, bb (2a, 2bとも書く)と続きます。

Signatureにはアルファベットのほかにも * や ¶ も使われます。 ぜひ実際にMUSCでフォリオのペイジを繰って調べてみて下さい。

どんな紙が使われているの?

19世紀のはじめに木材パルプに取って代わられるまで、 ヨーロッパの印刷業界で使われた紙の原料は亜麻布のボロでした。 印刷に適した白い紙の原料は無染のリネンであって、 製紙業者はボロを買い取り原料としました。 いくつかの工程をへて粥状にしたパルプを紙型で掬いとり 乾燥させてつくったものが全紙となります。 フォリオのページを光に透かしてみると、 縦に25mmほどの間隔で走るchain lines と横に無数に走るwire marksをみることができますが、 これらはその紙型の跡です。

ところで、当時の多くの紙型には製紙業者のロゴないしは商標とでもいえそうな watermarksがつけられていました。全紙サイズに1カ所または2カ所 (この場合、片方はcountermarkと呼ばれ、 watermarkにくらべ小振りでシンプルであるのがふつうでした) 入れられたその位置はほぼ一貫して左右どちらかの半分の真ん中 (2カ所の場合は左右両方の真ん中)でしたから、 フォリオの場合はページのほぼ中央にwatermarkを観察することができます。 watermarkの鮮明な画像採取には現在ではbeta radiographが用いられています。 シェイクスピア・フォリオのということではなく、 watermarks一般についてご興味のある方は `The Thomas L. Gravell Watermark Archive'のWEBなどで、 図柄のサンプルをご覧いただくのがよいでしょう。

シェイクスピアの心臓は上下逆さまだった?!

といっても、「わが遺骨を動かす人に呪いあれ」 とあるシェイクスピアの遺骸とは無縁のお話ですので、ご安心ください。 MUSCのサードフォリオ・コピーの肖像画ページ (サードフォリオ画像番号10)のことです。 このコピーの特に前、後のページに多く使われている紙には、 ハート型のカウンターマークがついています。 これが肖像画のシェイクスピアのちょうど中央左よりの胸のあたりにヒットした、 というわけでした。 印刷所はwatermarkの図柄の上下には無頓着だったようで、 「逆さ富士」ならぬ「さかさ心臓」と相成りました。 裏からクールライトをあてて撮った写真画像でご覧ください。 beta radiograph(『どんな紙が使われているの?』参照) のような鮮明さはありませんが、 シェイクスピアのダブレットの奥に心臓が透けて見えているように 写っているのがおわかりいただけると思います。

Click to enlarge.

UとVの使いかたが今と違う!

First Folioの画像番号9の一部を示します。



これは現代英語で書けば、

           To the memory of my beloved,
                   The AUTHOR
になります。つまり、
         beloved   ->   beloued
         AUTHOR    ->   AVTHOR
となっています。さらに、画像番号11の一部を示します。



これを現代英語で書けば
         Upon the Lines and Life of the Famous
です。つまり、
        Upon       ->  Vpon
となっています。また、画像番号369の一部を示します。



画像の3行目を見れば分かるように、
        upon       ->  vpon
となっています。

このように、vとuが逆になっているように見えます。しかし、ご覧のように Famousのuはvになっていません。必ずしも逆というわけではありません。 画像番号858の一部を示します。



画像の4行目の中程を見れば分かるように、 現代と同じくauthorになっています。

このルールは、

  1. 大文字のUはない。
  2. 先頭のuはvになる。
  3. 中程のvはuになる。

のように表せます。これは
   initial v, medial u   
   (先頭はvになるが、途中はuとなる。)
と言い表されています。完全ではありませんが、 ファーストフォリオはほぼこのルールに従って書かれています。 ファーストフォリオの時代、すなわち17世紀初期までくらいは、 このルールで書かれていたようです。

変だなと感じるかもしれませんが、思い出して見ましょう。現在「W」の文字を なんと呼びますか?形はどうみても「VV」でVが2個なのですが、 「ダブリュー」つまり「ダブル・ユー」と言い、「ダブル・ヴィー」 とは言いませんね。

もっともフランス語ではV がふたつを意味する「ドゥブルヴェ」ですが。 vはもともと母音uの大文字として用いられたようです。 ですので、最初は小文字のvは使われなかったようです。

ちなみに、Wで始まる固有名詞がたくさん出てくるなどの原因で、 大文字のWという活字が不足する事態がしばしばおこりました。 その場合はVを2個並べてVVと植字することでしのいでいたくらいです。 UVに対する感覚は活字についても現在と当時ではちがうようです。


Jがない!

すべてをちゃんと読んだ人は少ないとは思いますが、ファーストフォリオを読 んで行くとほとんどJ,jの文字がないことに気がつきます。 (見つけられますか?)

一般の方はあまりお使いにはならないと思いますが、 ファーストフォリオの画像検索の機能に当時の書き込みにある単語を検索する ものがあります(lexiconと書いてあるタグです)。書き込まれた単語 を先頭のアルファベットを指定して検索できるよになっていますが、 JとUとXとZがありません。XとZがないのはまあ普通ですね。Uがないのは前の コラムにかいた通りです。しかし、Jもありません。

では、かの有名な「ロミオとジュリエット」のジュリエットはどうなっている のでしょう。ファーストフォリオの画像番号669の一部を示します。



なんと、
          ROMEO and IVLIET
となっていますね。IVLIETではなかなかジュリエットと読めません。他の単語 も同じです。画像番号856の一部を示します。



旅行という単語のjourneyがiourneyとなっていますね。 ファーストフォリオは1623年出版ですが、1632年のセカンドフォリオの同じく ロミオとジュリエットを見てみましょう。



同じですね。さらに1664年出版のサードフォリオのロミオとジュリエットを見 てみましょう。



なにやらJらしき文字が見えます。さらに、Uも登場しました。 では、1685年出版のフォースフォリオも見てみましょう。



もう完全に
         ROMEO and JULIET
で、現代英語と同じです。ファーストフォリオからフォースフォリオのたかだ が60年の間に英語が随分変わってきたのですね。

このように英語の変遷の一部も4つのフォリオを比較すると分かります。

jはもともとiの変形として使われ始めたようで、 単語の綴の中で『ij』という2文字セットで使われていたものです。 ちょうどセカンドフォリオからサードフォリオの時期からiが母音の記号、 jが子音の記号として分けて使われるようになりました。


今はない文字がある!

ファーストフォリオの画像番号855(アンソニーとクレオパトラ)の一部を示 します。



これを現代文字にしたものを示します。
    Enter Anthony, Caesar, Octauia betweene them.

  Anth. The world, and my great office, will
Sometimes deuide me from your bosome.
  Octa. All which time, before the Gods my knee shall
bowe my prayers to them for you.
  Anth. Goodnight Sir. My Octauia
Read not my blemishes in the worlds report:
I haue not kept my square, but that to come
Shall all be done byth' Rule: good night deere Lady:
Good night Sir.
  Caesar. Goodnight.  Exit.
                Enter Soothsaier.
  Anth. Now sirrah: you do wish your selfe in Egypt?
  Sooth. Would I had neuer come from thence, nor you
thither.
  Ant. If you can, your reason?

ご覧になればわかるように、Caesarのaeや、Caesarのs、Octauiaのcなど 現代英語では使われていない文字がいくつも出てきます。 特に現代のsは二種類使い分けられています。

一方で対応するフォースフォリオも見て下さい。(自分で探してみて下さい。) 逆にEgyptがÆgyptになっています。英語が発展途上であることが分かり ますね。


最後にeが付いた単語が多い!

いくつかのページを見てみて下さい。現在の単語に最後にeのついた単語が多 いことに気がつきます。例えば上記のコラムのselfe(現代のself)などです。 これもフォースフォリオではselfとなっていて、変化が見られます。

語尾のeは以前にはちゃんとまだ発音されていたようですが、 15世紀の終わりには発音されなくなったようです。 17世紀のファーストフォリオには、 まだ結構正字法に残っていることが分かります。

たくさんありますので、探してみて下さい。