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ベン・ジョンソン・フォリオ1616とは?
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ベン・ジョンソン・フォリオ1616とは1616年にフォリオ版で出版された、『ベンジャミン・ジョンソン作品集』The Workes of Beniamin Jonson(通称『作品集』The Workes)の初版を指します。ここには、ベン(ジャミン)・ジョンソン(Ben[jamin] Jonson, 1572〜1637)の劇、詩、宮廷仮面劇など異なるジャンルの作品が収められています。そこに『戯曲集』と銘打たれたシェイクスピア・フォリオとちがい、ジョンソン・フォリオが『作品集』と銘打たれた理由があります。しかし、この銘は二つ折り版で1000ページ超という分量とあいまって、当時の人々にかなりのインパクトを与えることになったようです。「みなのはあそび(plays)としかよばれないものが彼のはしごと(works)とよばれるのだ」とか、「他のひとのしごとはおあそびですが、ベンのあそびはしごとなのだ」といった当時の人々の揶揄が伝わっています(Herford & Simpsons, IX, p.13)。
1616年までに出版された本のタイトルに「だれそれのWorks」というフレーズが使われたのは、主として神学かローマ時代の古典作家の作品集の場合でした。とはいえ、英文学の領域でも単独作家の「作品集」と銘打った出版例は少数ながらすでにありました。その代表格の『ジョフリー・チョーサー作品集』(The Workes of Geoffray Chaucer)は1532年の初版以来、二つ折り本で1602年までに5版を数えていました。1562年の初版以来1598年までに5回重版されていた、エピグラム作者で劇作もあり宮廷から下賜金を受けていたジョン・ヘイウッドの『ジョン・ヘイウッド作品集』(Iohn Heywoodes woorkes)は、四つ折り本ですが、Mark Bland氏も指摘するとおり、作者存命中に出版されたWorks第1号としてジョンソン・フォリオの大先輩にあたるのでした(Mark Bland, ‘William Stansby and the Production of The Workes of Beniamin Jonson, 1615-16’, The Library, 6th Series, Vol. XX, No. 1, March 1998, 26-28.)。
とはいえ、この本が当時揶揄されるほど革新的であり、今日、シェイクスピア・フォリオの先駆けとなったと位置づけられる理由は、大矢玲子氏も「『非凡なる読者の皆様へ』――ベン・ジョンソンの芝居本――」(玉泉八州男編『ベン・ジョンソン』英宝社1993, pp.379-407)のなかで指摘するとおり、民衆演劇の舞台に掛けられた劇作品がイギリスの出版史上はじめてフォリオ版の「作品集」という、作者性の高い厳かな一冊に収録されたという事実にあるといってよいでしょう。
実際、作者の死後に出版されたシェイクスピア・フォリオとちがい、ジョンソン・フォリオの出版には、当代きっての優秀な出版者兼印刷者ウィリアム・スタンスビーにジョンソン自身が加わっていました。1616年に44才を迎えるジョンソンは、この年の2月1日に国王ジェイムズ一世から年100マーク(£66. 13s. 4d.)の終身年金を下賜されています(Herford & the Simpsons. Ben Jonson, vol. 1, 231-32)。事実上の「桂冠詩人」第1号の誕生です。1615年1月にスタートしたと考えられる『作品集』の印刷作業が完了するのはこの年の11月末から12月はじめにかけてであったと推定されています(Kevin J. Donovan, ‘The Final Quires of the Jonson 1616 Workes: Headline evidence’, Studies in Bibliography, 40 (1987), p. 120)。まさに、時代を代表する文人としての自負がうかがえる出版であったことでしょう。
いわゆる座付き作者ではなかったジョンソンは、出版を舞台とは別の第2の自作品発表メディアととらえ、クオート版での単行本形式の出版時から、その出版には自ら関わっていました。『作品集』初版にも関わったジョンソンは、収録作品を追加しての第二版の出版を望んでいたようですが、実現は彼の死後の1640年のことでありました。
MUSCデータベースの読者諸氏には一目瞭然ですが、おなじフォリオといっても、シェイクスピア・フォリオとジョンソン・フォリオとでは、その印刷ページの姿は大きく異なっています。シェイクスピア・フォリオが、作品テクストの部分にはすべて二段組みを採用しているのに対し、ジョンソン・フォリオではごく一部をのぞき、一段組みを採用しています。印刷範囲もシェイクスピア・フォリオよりひとまわり小さく余白をゆったりと残すことのできるサイズを採用しています。スタンスビーとジョンソンがお手本にしたのは、前述のマーク・ブランド氏によれば、1583年にパリで出版されたプラウトゥスの版本のような、16世紀後半に大陸で出版された古典作家の版本であったということです(p.24)。
March 31, 2008
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